まち劇インタビュー集

写真:山下“ロッキー”貴大

山下“ロッキー”貴大(ミュージシャン→)

 大里中の二年生の時にバンド組んで、同じメンバーで15年くらいやってきたんです。最近、ドラマーが辞めちゃったんですけど。高校の時は年で200本くらいライブやってました。青春18切符で、重たい機材持って鈍行で日本全国も回ったし。

 20才の時に、アメリカツアーをやったんです。ブッキングも自分でして。ネットで知り合いになったプロモーターに、「これだけ予定組んだからアメリカに来い」って、びっちりのスケジュール見せられたから、すぐにアメリカに飛んだんです。でも実際は、2箇所しか決まってなくて。問い詰めたら「そういうヴィジョンだった」ってしれっと言われて。けど、なんとかライブをやってツテを作って、それを繰り返して。英語が話せなかったから、駐禁切られても、罰金の払い方がわからなくて困ったけど、帰国までに東海岸から西海岸まで、ライブを21本やったんです。それで少し考え方が変わって。

 田舎町でのライブが印象的だったんですよ。田舎町の人たちの方が音楽ライブが身近にあって、身近に楽しんでる感じがしたんです。それまでは、とにかく売れたいって思ってたけど、ロックンロール音楽で町を盛り上げてゆくのって魅力的だなって。それで、地元の静岡で、2014年に「FEVER OF SHIZUOKA」って音楽フェスを立ち上げたんです。サブタイトルに「県民たちの夢を乗せてゆくぜ」って勝手につけて。

 今は、東京で暮らしてて、4年目になるんですが、3年間は家がなかったんですよ。友達の家に居候とか下北沢の中華料理屋「みん亭」に住み込みしたりして。今年中に静岡に戻って、今後、静岡をロックンロール音楽で盛り上げてゆきたいです。父親から言われた「非常識でいろ」って言葉は大事にしてますね。
2021年取材

その後

 コロナ禍の2021年11月に東京から静岡に戻ったんですけど、東京ではだいぶ無理してたなって。静岡だと夜は暗くなるじゃないですか。下北沢でライブハウスで働いてたんですけど、夜がずっと明るいんすよ。今は人間的な生活をしてるなって思います。町中で星が見えるんですから。まあ、情報が減ったとこは不安になります。東京は色んな意味で特別だから。

 バンド活動はバンド名を変えず続けてますけど、新幹線の高架橋の下の物件借りて、Tファクトリーを始めたんです。誰でも1枚から気軽にTシャツやオリジナルグッズを創ることができる、「BLUEST」って店を。店が完成する前は近所の皆さんが「パン屋ができる!」って噂で盛り上がってたみたいで、「みんなごめんよ〜」って感じでした。今、ロシアがウクライナに侵攻してて、「NO WAR」ってデザインの刺繍を、欲しい人にタダで縫ってます。デカいことはできないけど、ちょっとの小競り合いから無くせないかなって思って、本当に。もうすぐ30才なんですけど、「オレだオレだ」みたいのが薄れてきて、今は誰かがもっと楽しくなるような、他人の心が豊かになることをやりたいですね。この店もそういう場所にしてゆきたいです。アコースティックライブもやれますし、ただ商売するんじゃなくて、みんなで何かを創り出せる場所に。
 実はこの前、2/12に長男が生まれたばっかで。思ったより自分に「父性」があることに驚いてて。でも、「パパが突然いなくなったらゴメンよ」って思ってます。だって、「やりたい」なら、やらなくてもいいけど、「やらなきゃ」って思ったら、その瞬間からやった方がいいし。ひらめいたら即行動しちゃう人間だもんで。

一問一答山下“ロッキー”貴大

  • 今日の朝食

    コーヒー

  • 一緒に住んでいる人

    恋人

  • 好きな本

    「ビリーバッド」浦沢直樹(漫画)

  • 好きな映画、ドラマ、舞台

    タランティーノ作品全般、「フロムダスクティルドーン」

  • 好きな音楽

    AC/DC、曽我部恵一

  • 静岡を色に喩えると

    水色

  • 静岡を漢字一文字で表すと

  • 静岡に初めて来た人をどこに連れていきますか

    用宗海岸

  • 静岡の全市民に見て欲しいもの

    「FEVER OF SHIZUOKA」の宣伝動画

  • 今、一番感謝を伝えたい人は

    家族

  • 今、一番大事にしている言葉は

    非常識。